学校長挨拶

校長
                        
    戦後の復興が進む昭和26年(1951)3月、呉市内にあった3つの高等女学校(呉淑徳高等学校、呉土肥高等学校、呉精華高等学校)が、呉市長を発起人として統合され、清水ヶ丘高等学校が誕生しました。 以来、呉地区の私立女子校として多くの卒業生を輩出しています。在校生数が最も多かったのは前回の東京オリンピックが行われた昭和39年(1964)です。2495名の生徒が在籍していました。それ以降も2000名の在籍数が数年続き、平成8年(1996)までは1000名以上の生徒が在籍していました。それ以降は呉市の人口推移と並行しながら減少し続けています。現在は500名を大きく下回る在籍者となっています。2万4000名を越える卒業生の多くは主に呉市や県内の各地に止まり、地域社会を支える重要な役割を担って活躍しています。 これまで本校は元の3校の伝統を活かし、実業面への指導に力を入れ、商業教育では呉地区の拠点校となっていました。また、多様な在校生の進路希望に合わせ特別進学コースを設けて国公立大学及び有名私立大学への進学実績も積み重ねて来ました。 スポーツ方面では「スポーツの清水ヶ丘」と呼ばれるように、これまで多くの国体出場レベルの選手を輩出し、今も清水ヶ丘高校と言えば運動クラブで名前を知っていますとの声をよく聞きます。 しかし、近年の呉地区の人口動態は更に厳しさ増しており、本校への入学者数も年々減少しています。呉地区の高校は公立私立に関係なく同様の状態であり、それぞれの学校が自校の在り方に工夫を重ねています。本校は平成29年度から県内では2校目となる5年制の看護科・看護専攻科を設置しました。 そして、平成31年度4月から男子生徒を受け入れ共学化に踏み切ることにしました。これまで本校が積み上げてきた100年を越える女子教育の良き伝統を、男子を含めた人間教育に活かして行きたいと思います。 平成30年7月、西日本豪雨は呉地区を直撃しました。呉地区は「陸の孤島」と呼ばれ、交通網の不便さが全国的に知られるようになりました。今後、交通の不便さは人口減少に拍車を掛けることが予想されます。人口減少は一高等学校の努力によって解決する問題ではありませんが、清水ヶ丘高校も「文武両道」の優秀な人材を世に送り出し続けることによって呉地域の魅力を高め、呉地域を、少しでも多く人々が住み続けたいと思えるような元気な町にしたいと思います。このような本校で学ぶことが、生徒の将来の心豊かな人生につながるよう努力していきたいと思います。                                                校長  小川 英夫