本日は73回目の「原爆の日」です。

平成30年8月6日(月)

73年前の今日、広島に原子爆弾が投下されたくさんの尊い命が犠牲になりました。

本校では毎年この「原爆の日」を登校日とし、全校生徒で平和について考える機会を設けていますが、今年は生徒全員の登校が叶わないため代わりとして校長先生の談話を掲載します。

8時15分に皆さんは黙祷を捧げたこととおもいますが、本日は引き続き平和について考える時間を取ってほしいとおもいます。

 

【校長先生談話】

 今日、8月6日は広島原爆の日です。皆さんは1945年8月6日が何曜日だったか知っていますか、勿論、殆どの人は知らないと思います。新聞資料の5ページ、久永さんの証言の中にあるようにこの日は月曜日でした。長崎市に原爆が投下された9日は木曜日。8月15日「終戦の日」は水曜日になります。今年のカレンダーと同じ曜日です。翌週の20日、月曜日から授業を始めた学校も他の県にはありました。

 この当時、義務教育の小学校は「国民学校」と呼ばれていました。学校の先生は子供たちに「人間である前に国民であれ」と教えていました。個人的な思いよりも、まず、天皇を中心とした(大日本帝国)日本国の国民であることを優先しなさいという教育でした。

1941年に小学校は国民学校に名前を変えられました。1941年の12月8日には真珠湾攻撃があり対英米戦争に突入します。強大な米軍に対抗するには国民全員が戦争に協力するしかない。子供たちも夏休みと言って長く休むことはできない。「夏休み」という言葉も使うことが出来ませんでした。夏休みは「夏季授業を行わざる日」と呼ばれ、「休み」ではないとされました。戦地の兵隊さんに日曜日の休みはありませんから,国内の少国民も夏休みを楽しく過ごすのではなく、軍需工場で働いたり建物疎開作業に出たりなど、戦争遂行のために働き続けていました。

 そして、8月6日の月曜日が来たのです。子供たちはそれぞれの働き場所へ行きました。皆さんより若い中学生、小学校高学年生も職場にいました。その結果、莫大な数の学生・生徒の犠牲者がでたのです。

 呉空襲の日にも少し話しましたが、米軍は日本への空襲を行うに当たり、効果を最大にするための入念な研究を行っています。効果的な空襲のために江戸の大火(大火事)の研究もしました。(原爆)原子爆弾の使用についても科学的実験を行うように準備をしています。軍関係の施設の密集する軍都広島市を目標に投下し、原爆の効果を調べようとしていたのです。実際、「終戦」直後に米軍は広島市に入って来ています。膨大な写真も撮影しています。計り知れない死者を生み出すために科学的な研究を冷静に行うことが戦争の本質でしょう。

沖縄戦でも呉空襲でも「非人道的」といった言葉を使いました。しかし、とても人間のやることではないと思えるような「非人道的」なことが出来るのが人間です。悲惨な戦争の後に人は「平和が良い」と心底から思います。それでも争いごとや戦争がなくなることはありませんでした。「非人道的」なことがためらいなく行えるのが人間の最も人間らしい点でもあるのです。いわば人間の本質です。

 日本の戦後から73年が経ちました。その間幸い日本は他国と直接戦闘をすることはありませんでした。この期間、冷戦構造の中、日本周辺の政治的バランスが微妙に保たれていたことになります。しかし、皆さんも知っているように、この1・2年でこの政治的なバランスは大きく変化し始めました。どんなに仲の良い国同士であってもそれぞれの国の利害は一緒ではありません。紛争の種はいくらでもあります。まして人類の歴史上最大規模のグローバル化が進みつつある現在、国同士の紛争の種は尽きません。

 非人道的な行為を平気で行う人間同士が平和に共存して行くためにはどうすればいいのでしょうか、全ての人が平等に認められる民主主義社会の実現には遠回りであっても話し合いによってルールを作って行こうとする考えが、現在有力です。そうした協議の基に私たち唯一の被爆国国民・広島県民は原爆の想像を絶するすさまじさを知らせる力を持っておくべきなのではないでしょうか。それが「あやまちは二度と繰り返しません」という誓いの言葉になるのだと思います。

 73回目の広島原爆の日を迎えるにあたり、人間の二面性を深く知り、その上で平和を築くにはどうすべきかを考えて行きましょう。